ASD姉妹 子育て 私がめっちゃ我慢したこと

イライラした女性の写真 子育てと日常

※この記事は2025.12.6に投稿したものを2026.5.7リライトしたものです。

発達障害の子の子育てって、通常よりも忍耐力を試されている気になるのは私だけでしょうか?

1に忍耐、2に忍耐、3,4がなくて5に忍耐!

結果は?「まだわからん!!」

そんな日々を過ごしているはは(私/はゆまーま)ですが、そんな中で私は思いました。


叱るのにも、見守るのにも、“我慢”がいる。
我慢って、一見辛いもののように聞こえるけど、それって実は「考え方を変えるヒント」なのかもしれない。

子どもを思うからこそのイライラ。
でもその全部が子どもにとって本当に必要なものなのかな?

そう問い直す中で私は「必要ない心配は、引く」ということを少しずつ意識するようになりました。

今回は、そんな右往左往しながら発達障害と向き合っている私が、「心配を引く」ために
「めっちゃ我慢した!」と思うことを書きます。

大前提として 時間感覚がない子に“時間”を教える我慢

我が家の姉妹は、とにかく時間感覚がありません。
時計があっても、時間を決めても、タイマーをセットしてもまったく進まない。
まず生活のベースにこの問題が大きくかかわってきます。

この時間の認識が無いためにあらゆる行動の目安がないことで我が家の生活の循環は、すべて私の声掛け次第になってしまっているんです。
この時間の感覚を育てるという土台の上で、次の「めっちゃ我慢した!」と思うこと、3つとその結果(現状)をお話しようと思います。

私がめっちゃ我慢したこと

その1 「長女の画面依存」

◆ 問題

長女が小学4年生になって、いざという時のための携帯端末を用意したこと、ゲーム機を初めて買った事によって、これまで知らなかった脳刺激を受けた長女。

同じ状況の次女とは違い、一向にやめることができない長女の特性がすぐに発覚しました。刺激を求めて、画面に依存している」明らかにそう感じる状態になったのです。

スマホを見ている子ども

始め、ゲームは1時間まで、動画は30分までとしていたのですが、ことごとく30分~40分オーバーすることが確実になりりました。

ゲームは20分前からやめるタイミングを意識するように声掛けするも、最終的には40分ほどオーバーしてしまう。
動画はどんどん次をつけてしまうので、20分までになり、15分になり、、、。

はは は完全にキレました。

はは
はは

やはり長女にはゲーム機は合わないんだ!!ゲーム機と向き合わせるなんて無理!!!

その日、遂に業を煮やしたはは。もうゲーム機なんて没収してしまおう!そうすれば、私も怒らなくて済む!!

そう思ってゲーム機を隠しかけた夜のことでした。
いざ隠そうとしたその時、ふと冷静になったはは、、、思いとどまりました。

(はは 自問自答中)
私はなぜゲーム機を隠そうとしているのか?
この事態を解決したいからだ。
ゲーム機を没収することがその解決になるのか?
いや、ならない

◆ 方針転換|時間を少しでも意識

そこで私は方針を転換。
使用時間を守ってゲームや動画とつき合わせることを目的にするのではなくて、
ゲームや動画を子ども自身に“時間の設定”をさせ、それに向けて段取りを練習させるための道具だと思おう。と考えました。

守れなくてもいい。
ただ、設定は毎回自分でさせる。自分で決めたら守れるように促す手伝いをする。そう決めました。

◆ 今は…

結果──それから1年半ほど…。

次女は比較的切り替えられるように。時間もその間は気にできることが増えてきています。
そして長女はというと…やっぱりほぼ守れない(笑)
そうはうまくいきませんね。
これは長女の特性でもあります。
長女自身が問題意識を持ってもなかなか難しいかもしれないです。
けれど、時間を気にすることができる時もでてきました。
今まで長女には存在していなかった”時間”を気にする瞬間が出てきたことに、ひとまず喜びたいと思っています。

たまに“やめられた日”には全力で褒める!!ということを心がけながら、
目的は”子どもたちなりの時間感覚をつかんでももらうこと、
画面との向き合い方を探っていく事!!”と言い聞かせています。

それから、最近は画面依存の度合いは長女のバロメーターになることもわかってきました。

長女の疲労感やストレスが多い時ほど画面に執着を見せるような印象があるので、そういう時はより長女のことを観察するきっかけにしています。

こんな感じの毎日。

まだまだ、ははの”めっちゃ我慢する”は続きますが、最初よりは、かなり怒りスイッチも反応しにくくなったし、長女のバロメーターとして、できるだけ冷静に対応しよう。

今はそれで十分

あのゲーム機を没収しかけた夜、このイライラと向き合った結果得られた収穫は、私にとって大きな物でした。


その2「宿題しなさい」

◆ 問題

発達特性のあるわが子たちは、声をかけない限り時間が永遠かのように宿題を忘れて気がそれ続けます。

我が家があまりスペースがなく、勉強だけに取り組める場所が作れていないことも問題だと思いますが、特に長女は5年生になって興味の持てること以外は脳がシャットダウンしてしまうようになっていました。
”宿題を完遂する”ことが毎日かなりハードルの高いことになってしまったんです。

次女もその日の状態によって全く集中が続かず、すべてのことを拒否するということが起こりやすくなりました。

◆ 工夫

「宿題」と言う言葉をできるだけ使わない作戦!


1.やることリスト作成 → 興味なし

2. シール制 → 翌日からあまり興味なし

3. ミニ黒板にチョークで書いて終わったら✅ → 黒板に飾りつけなどを書き込むことに集中

結局、「宿題」と言うワードを出して伝えないと取り組まない。という撃沈に終わりました。ただ、この声掛けがとにかく難しくて…。
タイミングを誤って声をかけると長女の場合激怒して荒れる。
次女の方は放っておけば言われたことに対して2時間でもぶつぶつ言いながらゴロゴロ転がって拗ねることなんて日常です。

ようやくうまく流れを作っても、その瞬間の事情を知らない家族がひと言「宿題」と言うだけでその日は終了……。そんな日々に、私は毎日イライラが爆発寸前でした。

◆ 方針転換|「できない日があってもいい」と割り切る

実は、宿題問題に関しては、発達障害の診断を受けた当初、特に次女に関しては書くことがとても遅く、宿題も時間がかかって負担なので、できれば減らせるとベストだと言われました。
それをきっかけに、次女に関してだけでなく、長女の担任の先生にも、宿題の負担の可能性を相談していました。
先生によってはそれに了解を得られない場合もありますが、できないときはできなかったと伝えることにしようと割り切ることにしました。

理解しているかどうか
その日の体力や気持ち
それを大事にして、無理強いはしない。

必要なら「できませんでした」と連絡帳に書く。

それを了解できかねる先生に関しても、「改めて明日、まとめてできるように促してみます」と一言入れておき、できなかったものを放置しないように努めるようにしました。

◆ 今は…

今では、長女にも、次女にも、
“やる姿勢は大事。でも無理な日は無理”
というスタンスで向き合っています。

その結果、二人とも愚図って宿題が3時間や4時間かかってしまうということがほとんどなくなりました。次女も長女も基本的に自分のできるタイミングでやろうとしてくれますし、いつまでもできないときや宿題を開いてもできないときはそれもバロメーターになります。

私としては、その様子を見ながら、促せそうか、今日は無理そうかを判断するようにしています。

そして、できなさそうな場合は、自分の状態を子どもたち自身に確認させるように声掛けすることを務めています。自分で、今日の宿題との向き合い方を考えて決めてもらうのです。

そうして、自分で無理そうと判断した場合は、連絡帳に書くよ?と確認したうえで書くようにしています。


その3 遅刻しないように

◆ 問題

時間感覚の無い子どもたちに朝の支度を間に合わせることは一苦労です。

あまり声かけをしすぎても動けないことはわかっているのですが、声掛けをしないと全くと言っていいほど動かない。出る5分前でも平気でパジャマでテーブルの前にぼーっと座っている。

ここでも宿題の時のように絵表示のリストや絵カードを一緒に作って、どれからする?とか、自分で意識する項目を2つだけ選ぼうか!と、取り組む課題を絞って意識させてみたり。→ 結果、興味は長くて2日。

万策尽きた思いで結局、せめて朝からとやかく言わず、最低限だけの声掛けになるよう奮闘し続けてきた日々、そして長女が4年生の時でした。

はは
はは

いっそ、大遅刻をして、「しまった!!」と実感してもらったらいいのでは!?

そう思いました。

◆ 覚悟

私はその頃、どうにかして子どもたちを朝から怒らないで時間内に出られるようにやる気を引き出す工夫は無いかと奮闘していました。

けれどある時、どれだけ私が遅刻はダメだと言っても、それは私の価値観であって、子どもたちはその価値観が育つほどの経験をしていないのだと思ったんです。

実感したことしか人間はできないものだし、この子たちも自分が絶対に必要だと感じたことに対しては動けるだろう。

一度遅刻の焦りを味わってほしい、そのうえで、まだ遅刻をしてもいいと思うか、してはいけないと思うか自分で判断すればいい!

私は覚悟を決めました。

けれどそれは、学生時代、遅刻なんて言語道断!遅刻したらどうしよう!なんて不安な朝には遅刻をしてもいないのに遅刻した夢を見るほどだった私にとっては、とても我慢しないといけないことでした。

私はとにかく耐えました。

いっそ遅刻して実感を!!
いっそ遅刻して実感を!!!

もう、これは私の中の戦いになっていました。

遅刻してはいけないと思っているはは。
いっそ遅刻を体験して実感してほしいはは。

傍から見ると何を言っているのかわからないかもしれませんが(笑) わが子の朝の支度問題に、自分の中で必氏に葛藤し続ける日々が続き、遅刻してみろ!と思いながら、間に合うように必死になってしまう自分の歯がゆさと言ったら…。

それは数か月、いえ、半年以上続きました。

なのに、そんなことは知らない子どもたち。
集団登校に遅れたくらいでは応えません。
だって、学校には入れるでしょ?

そして、遂にその日は来たんです!
日に日に時間がずれ込んで、ある日、門が明らかに閉まるであろう時刻に出た子どもたち。

はは
はは

よしっ!!

ついに子どもたちは完全な遅刻を体験することになる!!
どうとらえるか勝負だ!!(勝手に懸ける思いのはは)

◆ 今は…|遅刻を経験した子どもたちの現状

結果
子どもたちは、今のご時世もあるのか、先生に怒られることも言われることも何もなかったようで、ダメージを受けることはありませんでした。(悲)

それどころか、時間感覚の身につかないASDの姉妹はその後からずっと遅刻をし続けています…。

まるで遅刻のOKサインが出たとでも言うように…。

これは完全に失敗したと思うことでした。

けれど、一つ、私のしなればと言う視点で子どもたちをガミガミしか言わなかったことに対して、この努力をしたことで、少し余裕をもって対応できるようになったことは、私の朝のがんじがらめの気持ちを和らげることとなりました。(いいか悪いかは置いておいて。)

今は遅刻しても、あきらめず、まだこの子たちはその感覚を身に着ける段階ではないのかもしれない。気長に時間感覚を学んでもらおう。と長い目で向き合う姿勢でいます。(決してあきらめていませんよ 笑)

なんでもそれぞれのペースがある。そのことを学ぶためにこの努力したのかもしれない。

なんて思って、今は失敗したけれど、やらないことを我慢した後悔はしていません。


まとめ

子どものための我慢は、
結果よりもその過程での“学び”のほうが大きいかもしれないと思います。

発達特性のある子の子育ては、
どうしても 「我慢」 と隣り合わせ。

けれど、その我慢は
「子どもを理解しようとする努力」 であり、
同時に
「親として、人としての成長の機会」 でもあると感じます。

正解なんて、わからない。
でも、次へ活かせる考え方を持っていれば、それでいい。

私はまだ修行中の母だけれど、今日も「忍耐・根気・深呼吸して息抜き~(これ大切!)」
で、家族と一緒に、ゆっくり進んでいこうと思います。

はは
はは

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。よかったら、ほかのエピソードにも寄り道していっていただけると嬉しいです。↓

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