なぜ夫婦の会話はかみ合わないのか?|それぞれの特性から見えたすれ違いの構造

視点 発達特性のある子との暮らし

※ この記事は専門性のあるものではありません。あくまでも、生活レベルで感じる私の考えを書いたものです。

夫と私 特性と思考の方向

前回の記事『夫とのすれ違いから見えた未完了の脳の話』について、夫とのすれ違いが起こっているとき、夫の脳と私の脳ではどのような状況が起きているのだろう?と思いました。

この記事では、その特性から起こっていると思われる状況と思考の方向について、考えてみたいと思います。

相手の「よくわからない」反応について理解への一歩になるような考え方の一つのヒントになれば嬉しいです。

発達特性として考えられること

我が家の場合、私が個人的に話がすれ違う原因として見ていて思うことは、次の4点です。

①注意の焦点が集中しやすい
話し全体よりも、気になった1点に注意が強く向く可能性

②文脈より単語に反応しやすい
話し全体の意図より、特定の言葉が気になる。

③論点の予測が起こってしまう
単語や注意した部分から予測をして話しているのでは?

④防御モード
否定されたと感じると、問題解決より自己防衛が優先される。


まずは、①,②について、これは言葉通り、全体像の把握よりも単語、言葉の言い回しなど、特定の箇所に注意が強く向く可能性です

調べると、人の脳には「局所処理優位」というものがあるそうです。

局所処理優位という見方

局所処理優位とは、

私たちの脳は通常、重要ではない情報を自動的にカットし、全体を「なんとなく」把握する(全体処理)ことを得意としています。しかし、局所処理優位の特性を持つ場合、細部を拾い上げる力が極端に強く、全体を統合して把握するのに時間がかかる傾向があります。

  • 全体処理の例: 森を見たときに、最初に「森全体の景色」として捉える。
  • 局所処理優位の例: 森を見たときに、「一本の木の、一枚の葉の葉脈の形」まで詳細に捉えてしまう。 [1]
  • 🧠 自閉スペクトラム症(ASD)との関連
  • この特性は自閉スペクトラム症(ASD)の認知特性を理解する上で重要なキーワードの一つです。多くの定型発達者が全体を優先して見る(大域優先)のに対し、ASDの人は部分的な情報(局所)を優先的に処理したり、細部を並列して高い解像度で捉えたりする傾向があることが研究で示されています。

※google検索によるAI引用

この考え方が、言葉に引っかかることにつながっているかもしれせん。

〈具体例〉
これに関しては、具体的な私たちのエピソードで、物の見方の違いを示すお話があります。

私たちは学生時代、二人とも絵を描いていました。
その時から、描き方が正反対でした。

私は全体の構図から描く。
夫は花や葉の細部から描く。

当時はただの描き方の違いだと思っていましたが、今振り返ると世界のとらえ方そのものの違いが表れていたのかもしれません。

会話の話に戻ると、私たちの会話の中では、私は全体の目的のために会話を始めます。その話題について考えるために、細部の要素を出して思考を広げていき、考えをまとめていきます。

一方、夫はと言うと、出てきた言葉に注目して、そこから考え始める。

すると、スタート地点で少しズレる。そのまま話せば話すほどずれていってしまう。

こんなことが起こっているのではないかと推測しています。


次に③の予測して話す可能性について。

最近思う、話せば話すほどズレる会話、お互いの方向性を確認しようとしても、夫にはなかなか、質問者本人(私)の説明を受け入れられないということが起こります。
質問をしたのがこちら側、そしてその意図を説明しているのに、その答えと違うことを答えて、それが正解だと訴えてくるような夫の姿に不思議を覚えた私。この時、私が見ていて感じたことは、

「聞いた内容を理解していない」のではなく、
「先に予測した内容を解こうとしている」状態なのではないかと言うことです。

私 → 話の全体像から細部への説明→全体像の答えを求める

夫 → 気になった言葉から、過去、先の予測の情報を引き出してきて返答する。

私にはこう見えました。


最後に④の防御モードです。
私の感覚では、夫は、私が自分の考えや思っていることを言うと、それが自分の今考えていることと一致しない場合、否定と捉えることが多い印象です。

①②③で論点がずれていることに気づいていない夫は、話の修正をしようとするための私の質問と私が解釈していることの確認が”否定されている”と捉えてしまうことで、強い防御反応が出てしまう。その防御反応は、無意識に自分の中では論理立っている解答を強く訴えることで、その正当性を証明しようとするのではないでしょうか?

特別ではない局所処理優位

こうした局所処理優位の状態、実は、発達障害の人だけに起る特別なことではありません。

例えば、

・強いストレスや不安がある時
・集中、没頭しているとき
・脳の疲労がある時
・睡眠不足

また、後天的に、
・専門的な職業(プログラマー、校正、時計職人など)や訓練によるシフト があったりします。

私もよくあり、特に、脳疲労や睡眠不足による影響はとてもあります。こうして文章を書いているときに、全体の流れがどうしても入ってこなくて困ることがあります。

また、喧嘩中などでも起こっているかもと思いました。
例えば、「いつもそう」なんて、固定されて言われると、瞬時にいろんなストレスがかかり、反応してしまうことで、話しの全体像からそれ、一時的に何の話をしていたかがわからなるなんてことも、こういうことなのかな?と思ったりしました。

人間の脳は気になったものを優先する

この見方を踏まえて、私が思った事は、

結局、誰でも、気になったことを優先してしまうものかもしれない。ということです。

局所処理優位が強くなると、気になることが多くなる。
脳は大量の情報を同時には処理できません。
だから、重要そうなものを選ぶ。

これが、何を重要とするかが人によって違う。そういうことなのではないでしょうか?

少し脱線しますが、この、重要なものを選ぼうとする機能について、「人はとても効率よくできているな」と思った具体例があります。
それは、言語情報だけでなく、痛覚に関しても、脳はこの判断をするということです。

私の体験談ですが、私は日ごろから持病の為、ありとあらゆる場所の痛みを抱えやすいです。そして、ある日、右半顔の三叉神経痛に見舞われ、そこから長期の頭痛になりました。すると、普段日常的に痛い足、腰、股関節痛などをその期間はあまり感じず、さらに、奥歯の虫歯の悪化にも気づかずにいたということがありました。
人の脳は人が生きていけるようにとてもよくできているなと実感したことでもありました。

夫に確認してみた

この局所処理優位という考え方を夫に話してみました。
すると、夫の感覚的にもあまり相違がないという結論になりました。

これを説明することに、夫は小説の読み方を話してくれました。
夫は小説を読むことにとても時間が必要になります。なぜなら、出てくる言葉の一つ一つの意味を解釈して、イメージをしっかりと頭の中に構成しないと内容が入らないためだそうで、毎回続きを読むために10ページほど戻って読むらしく、なかなか、小説を読みたくても時間が無いと言います。

人の話を聞くときも、「たいていの人の話は分かりにくい」と夫。
言葉の意識が強く、なかなか話の趣旨の読み取りは難しいものだという印象があるようで、人と会話をするときのエネルギーがとても必要なんだろうなと想像します。

ズレの構造

解決したい問題が違う

これらを踏まえてそれぞれの見ている世界を想像すると、そもそも解決しようとしている問題が違うことがわかってきます。

その人の見る世界によって、事実はそれぞれ異なる場合があるということです。

例えば、
私は「この出来事をどう受け取ったか」について話したいとします。

一方夫は「その言葉が事実として正しいか」を考えている。

お互いとても真剣に問題に向き合って考えている状態ですが、解決しようとしている問題そのものが違う

この方向性の違いを双方が、または一方しか認識していない状態では、永遠に話はかみ合いません。

我が家の場合、そうすると一方が、こちらの見え方の説明をどれだけしても、あちらの認識の中での正解不正解しか答えてもらえない。

するとだんだん感情的にもなってきます。
感情的を受けて、夫はいきなり理不尽な怒りを向けられたと思い、さらに防御反応が起こり、話しの内容が入ってこなくなってしまう。

こうして私たちの会話は話せば話すほどズレていくのではないでしょうか?

私は、「なぜ、こんなに伝わらないの?」
   「私のとらえ方について説明しているのに、なぜそれが違うと言われるの?」
   「話し合いにならないじゃない!」
夫は「ちゃんと答えているのに、また文句を言ってくる」
   「違うと伝えているのに、否定してくる」
   「なんでも否定してこられたら話し合いにならないじゃん!」

と、いう感じに。

ただ、もう少し私の感じているものを正しく書くと、この状態を引き起こす要因は、局所処理優位だけではないとは感じます。不安や正解を出さなければならないと感じる思考や否定への警戒、過去の経験、ストレス、様々な要因が複雑に絡み合っているように感じます。

否定の前提が違う

私派、夫はとても否定への警戒心が強いと感じています。

「たぶん、”私の意見”を”否定”だと捉えてるんじゃないか?」と感じています。

あくまで私は、意見を言っているだけなのに、なぜそんなに否定されたと思って拒否するの?と正直思っていました。「私はこう思う」と、私の意見であることを伝わるような言葉も使っているのに、それはあまり伝わらない。

これを見て、おそらく、夫は今までの経験によってくみ上げられてきた彼の思考が「否定されるかもしれない」という警戒心を強めてしまっている可能性はあるんじゃないかなと思っています。

意見と否定のとらえ方もまた、人それぞれということでしょう。

私は「意見」
夫は「否定への防御」 の視点で会話を始めているのかもしれません。

考えながら話すのが苦手

ASD傾向の人は考えながら話をすることが苦手なことがあります。
夫の場合もそうではないかと思っています。
と、言うより、私との間では、言語化できるタイミングが違うのだと思います。

夫は、すべてをまとまってから、間違いのないように話したい。
これは夫自身が言っていたことですが、下手な発言で問題視されたと過去もたくさんあったそうです。そんな夫からすると、その場での発言はとても怖いものなのではないかと想像はできます。

ですが、私にもこの過去の経験は働きます。
まだ、夫の性質に疑問しか持てなかった頃。
私は 沈黙=話し合う気が無い と捉えた時期もありました。
そして、過去、何度も沈黙で話が打ち切れて、その後、何も解決されることが無いまま過ごしてきた私の脳の防衛反応が働いてしまう。
そして一度は待とうと決意した私は、それが怒りや悲しみになり、未解決で処理されていないものを抱えた脳はストレスを抱え、その後の不安定や別の機会に爆発することになってしまうのではないでしょうか。

それぞれに見ると、
夫「とりあえず考えている」でも、それを伝える必要性には気づかない。
私、その後何も言ってこないこと、次の喧嘩迄引き続かれる。「いつも考えてくれない」になってしまう。

こうして、私たちは長年すれ違いを積もらせてきたのかもしれません。

まとめ

まとめ

情報処理の方向の違いと注目することの優先順位の違い

今まで、私はこのすれ違いの構造の想像がいまいち言語化できていませんでした。
けれど、今回の口論を冷静に見てみると、その思考は、スタート時点からとてもずれやすい状態でした。

お互い、情報の処理の方向が違い、論点への注目の仕方も、優先順位も違っていた。

これでは話がずれるに決まっています。

それぞれの視点 ー 違う世界が存在することを知る

私は長い間、「同じ話をしているのに、なぜ伝わらないのだろう」と思っていました。
けれど、こうして考えると、夫もまた、「ちゃんと答えているのに、なぜ伝わらないのだろう」と思っていたのかもしれません。

今は、私たちは同じ問題について話しているつもりで、実は違う問題を解こうとしていたのではないかと思っています。

そう考えられるようになってから、
「なぜわかってくれないの?」だけではなく、
「今、この人は何を見ているのだろう?」と考える余地が生まれました。

このことは、私の見る話し合いの景色を変えてくれたように感じています。

相手の見ている世界が、自分とは違うかもしれない。
そう知ること
は、正しい、間違っているで、相手を判断する前に、

「この人は何を見ているのだろう」

と立ち止まる余地を与えてくれるように思います。

はは
はは

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。よかったら、ほかのエピソードにも寄り道していっていただけると嬉しいです。↓

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