発達障害と診断を受けた方へ|私が発達障害という言葉にネガティブな印象を持たなかった理由

車いすを持つ女性 子育てと日常

※この記事は2026.07.03に投稿したnoteの記事を、もう少し、私の思う社会構造と心の動きに結び付けて追記、リライトしたものです。

子どもの発達障害がわかった時、大きなショックを受ける親御さんは少なくないと思います。
私自身も、子どもたちの困りごとや将来への不安を感じました。

それでも私は、「発達障害」という言葉そのものには、なぜかネガティブな印象を強く持ちませんでした。

その理由を考えていた時、自分自身の障害との向き合い方に、ひとつの答えがあるのかもしれないと思ったのです。

この記事では、二分脊椎という持病を持つ私が、「障害」という言葉をどのように捉えてきたのか、そしてその経験が、子どもの発達障害をどう受け止めることにつながったのか、また、私が思う、「障害」の壁について書いてみたいと思います。

私が発達障害という言葉にネガティブな印象を持たなかった理由

私には二分脊椎という先天性の病気があります。

この病気は、人によって症状が大きく違います。私は全身に痛みやしびれがあり、関節は動きづらく、筋肉も固まりやすいので、身体がうまく連動して動かない感覚とともに生きてきました。

それでも、立てる時がある。歩ける時がある。そう考えて生きてきました。

ただ、実際はとても痛い、辛い。それは現実です。
出た先で、立ち続けていられないため、電車を待つことがとても不安です。
歩行も辛いため、階段移動、特に点字ブロックを踏まなければ通れない地下鉄の狭い通路、砂利道、砂地、そういったところは足裏からの不安定さが秒速で自身の身体を崩壊させるような感覚で一気に立てなくなったりします。
また、エレベーターは上下の重力に耐えることに必死な時期が長くありました。

一度、母が役所へ障がい者手帳が取れないのかを聞きに行ってくれたことがありました。

返答は、「自立歩行ができるなら、取得は無理」

窓口であっさりとあしらわれてしまったそうです。
その時の母がとても落胆し、怒りをあらわにしていたことを今でも覚えています。

「こんなに困っているのに。」そんな思いがあったのでしょう。

それから年月が経ち、母になった私は、いよいよ立つことも歩くことも難しくなり、手術を受けました。
手術入院した際には、看護師さんやリハビリの先生に、状況を聞かれて説明すると、

「今までどうやって生活してきたんですか?」

と驚かれ、それに一番度肝を抜かしたのは私でした。
思わずその反応に笑ってしまった事を思い出します。

術後、先生曰く、「手帳が取れるかもしれない」と言われ、半信半疑で資格のある医師の診察を受けたところ、障がい者手帳はあっさりと取得されました。
長年、社会に気づかれずに耐えるしかなかった年月はいったい何だったのだろうと、一瞬、思わざるを得ませんでしたが、それは考えても仕方ないので、一瞬にしておきます。

「障害の名前が本人を苦しめるのか?」

こうして、少しだけ生活が助けられるようになり、状況を聞かれた際には説明しやすくなる要素が増えました。

でも、不思議なことに、私はそれからしばらくの間、自分が「障がい者」という枠に入っていることに気づかないでいたのです。

どういうこと?

と、思われたかもしれません。
でも、この表現が一番しっくりきます。
「気づいていなかった」
それは夫も同じでした。

ある時、ショッピングセンターで車を停める際に、なかなか空いているスペースを見つけられないでいました。
「ここも障がい者用の駐車スペースだから止められないね。」
という話になり、
「ん?ここに止めてもいいのか!」
と、夫が言いました。

あれ?あ、そうか。

私、障がい者か 笑

こんな感じで気づきました。
これは、決してネガティブな意味でそう思ったのではありません。
私が障害者であることに自覚がなかった理由。
それは、障がい者手帳をもらう前と後で、困難の状況が変わるわけではなかったからでした。

今までの通り私は、少しの移動も辛い時があり、常に外出は緊張するものでした。

これは余談ですが、手帳取得のための診察の際、医師に「旅行とかはどうしてるの?」と聞かれ、「行かないです」と言った私に医師が驚いて、私はそれに驚いたというエピソードがあります。

私にとっては、移動が辛い、だから旅行はただただ身体に無理を強いる行為だったからです。
不自由な人には、そういう人は沢山いると思っていた私は、手帳の診断をする医師がそんな反応をしたことに心底驚きました。

それほど、私は痛みや不自由を『特別なこと』ではなく、自分の日常として生きていたのです。

もはや、私の人生に、自分は困っているから障がい者という認識がありませんでした。
その代わり、人間として、その痛みと不自由に向き合い、悩む事実はありました。

「診断名は理解のための共通言語」

私にとって「障害」という枠は、困りごとを増やすものではなく、少しの支援や理解につながるためのものです。
行き場のなかった痛みや、人として抱えていた悩みが、ようやく社会とつながる小さなきっかけになったのです。

それはある意味、変わらぬ人生に突然やってきた”おまけ”のようなものだったのかもしれません。

そして、その感覚は、「発達障害」と言う言葉を知った時に受け取った印象と似ているのではないかと思いました。

「発達障害」という言葉があるから、子どもが困るのではない。
診断があるから、生きづらくなるのでは、本来はない。

困りごとは、診断を受けようが、受けまいが、存在しています。

その子、その人だけの、何か得体のしれないうしろめたさやモヤモヤとして。

だからこそ、その困りごとに名前がつき、理解するための糸口が見つかることには、大きな意味があるのではないでしょうか。

もちろん、「障害」という言葉にショックを受ける親御さんの気持ちもよくわかります。
私も親です。
わが子の将来を考えて、不安にならないわけがありません。

でも、だからこそ今、「発達障害」という言葉に苦しんでいる方がいるなら、一度考えてみてほしいなと思います。

発達障害とわかったわが子」と、「何もわからないまま困り続けるわが子」

どちらの方が、その子が前に進みやすいのだろう

ここでまた持病の話になりますが、私の持病は、あまり知名度のあるものではありません。
その見た目にわかりにくい状態は、病名では伝わりません。
「神経の痛みの出方は人それぞれだから、その人にしかわからない。」と医師は言います。
基本的にこの病気の症状は下肢に出ると言われているそうですが、私の場合は全身の影響があります。私としては、人体の構造を考えると当たり前だとも思うのですが、一般的に言われることと違うと、自分の身体に対してどう認識していいのかわからないと思ってしまうことはあります。
そんな数十年を過ごしてきた私には、「障害」という言葉が、助けを求めてもいいという自分の指標にもなりました。

だからこそ、私は、後者よりも前者の方が、「発達障害と分かったわが子」の方が、希望を持てる気がしています。

障害という名前は、確かに、社会によって生まれた暗黙のネガティブイメージがあります。
それによってとてもショックを受ける言葉かもしれません。

でも私は、「それは”理解のための共通言語だ”」と思う方が、人生が豊かになるのではないかな。と思っています。

「『障害の社会モデル』という考え方」

私は以前、発達障害についてのオンラインセミナーを何度か聞いたことがあります。
その中で「障害は人と社会の間のミスマッチの部分にある」というような話を聞きました。社会の環境や制度、意識によってできた壁がとの間にミスマッチが起きるのです。これは、本当にその通りだと思いました。

例えば、視力が弱い人には眼鏡があるからミスマッチは起きない。つまり、障害にはならない。
その人に合った環境が整っていれば、障害と言われないのだと。

発達障害を持つ人たちにとっても、「みんなと同じようにできて当たり前」と言うことを求める環境は社会側から発生する壁で、それによって生きづらさが大きくなるところは大きいのだと思います。
こういう考え方を『障がいの社会モデル』と言うのだそうです。

そして、この壁を少しでも軽減することが、
例えば、
・車いすの人が通れるようにスロープを用意する
・エレベーターを完備する
・公衆のテレビには字幕表示をする。(病院など)
こういうことが、少し社会から障がい者に気づいて歩み寄ることができる、この壁を少し低くすることだと思います。

発達障害においては療育や様々な支援があります。
私はこの「障害の社会モデル」という考え方は、少し心が楽になる、とてもいい考え方だと思います。

ただ同時に、自分の経験を振り返ると、それだけでは語り切れないとも感じています。

障がい者手帳や周囲の理解があったことで、生活が少し楽になったのも事実です。
でも一方で、私の身体の痛みや疲れやすさは、社会が変わってもなくなるわけではありません。

だから私は、障害は本人だけの問題でも、社会だけの問題でもないと思っています。

障がいは、自分の身体や心と、社会や他人とのあいだで揺れながら生きる、その現実の間にあるものなのではないか。
私は今、そんなふうに感じています。

診断後に親の気持ちが揺れるのは自然なこと

「障害」この言葉に心が左右されてしまうのは、社会の外側のイメージからだと思います。
人は、他者や外側からのイメージをとても重視します。
それが共存するための知恵だったりするからだと思います。

でも、ここに、例えばあなたの大切という軸が加わったなら。
あなたが選びたいものが決められたなら。

「私は、この子が何よりも大切」
「私は自分が幸せになることを選ぶ」

そうしたら、外からのイメージはとりあえず放っておいて、今できることを選べるんじゃないかなと思っています。

揺れる時はもちろんあります。
悔しい思いをすることはもちろんあります。

それは、子どもを愛していないからでも、障害を差別しているからでもありません。

『この子の将来はどうなるのだろう』

という親として自然な心の反応だと思います。

ただ、持病によって、自分と、社会、他者その間で揺れる心を見つめる機会をもらった私は、
それでも、「それでいいのだ」と、「人間らしいじゃない」と思うことが私の力になりました。
人は、理解できないものや、想像していなかった現実に出会った時、揺れるものだと思います。
だから、発達障害という言葉にショックを受けることも、悔しいと思うことも当たり前のことだと思います。

発達障害という言葉にショックを受けた親御さんや当事者の方へ

今、何が一番大切なのか。
それを一つだけ決めてみるのはどうでしょうか?

「この子を理解したい。」
「自分を責めすぎないようにしたい。」

答えは人それぞれだと思います。

でも、その大切なものが見つかった時、「障害」という言葉は、少し違うものに見えてくるのかもしれません。

最後に

私は、「障害」という言葉を通して、人を理解したいと思っています。

それは、「障害」という名前を理解したいのではありません。

その人と、その人を取り巻く人たちとの間で、どんな困りごとや、どんなすれ違いが生まれているのか。

そこを理解することが、人と社会の間にある壁を少しずつ低くしていくことにつながる。

これは、私が自分の身体と、家族の暮らしの中でたどり着いた一つの視点です。

はは
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