言語化の前に、安心がある|子どもが「伝えても大丈夫」と思える関係

大人と子供がハートを一緒に持っている写真 療育

「ママ、絶対読まないでね!!!」

小学4年生の次女は2学期から特別支援学級を利用し始めました。

特別支援学級には連絡帳があります。
主に親と先生の情報共有に使われるものです。

そこに、次女も一日報告のようなもの?を書いています。

なぜ「?」なのかと言うと、次女が、

「ママ、絶対読まないでね!!」

と言うので、私は本当に見ないように努力しています。 笑

そしてなんだか、この「見てしまうやろ」と思うような状況で、「読まないでね!!」って言いながら、一生懸命連絡帳を書いている次女が、私にはとってもかわいく見える。

だから、母はできるだけ見ないようにするよ!!

そんな様子を見ていて、ふと思いました。
次女は、1行日記を書くのがいいかもしれないな

言語化は技術だけではない

言語化には、技術があります。

発達障害のある子どもへの支援では、SST(ソーシャルスキルトレーニング)などを通して、対人関係や社会生活に必要なスキルを練習することがあります。

例えば、困ったときに「手伝ってください」と伝えること。
嫌なことがあったときに、「やめて」と言うこと。
わからないときに、「もう一度説明してください」とお願いすること。
こうしたことを練習することがあります。

また、支援の現場では、絵やカードなどを使って気持ちや状態を確認し、コミュニケーションを支える方法もあります。放デイや支援級でも、そういった絵カードなどで気持ちを確認することがあると聞きました。これは、子どもが自分のことを伝えるための、具体的な方法を増やす支援です。

言葉を知ること。
伝え方を知ること。
実際に練習してみること。

どれも大切なことだと思います。発達障害を持つ子どもたちは、時にこうやって場面ごとに想定して状況を学んでいく必要があります。

でも、ここで私はもう一つ考えたいことがあります。

「言葉を知っている」ことと、「その言葉を使って人に伝えられる」ことは、同じではない。と言うことです。

例えば、「手伝ってください」という言葉を知っていても、

その人に頼っていいと思えるか。

断られないか、不安ではないか。

自分が何に困っているのかがわかっているか。

どう伝えたらいいのか、整理できているか。

その場で言葉を出せる状態か。

そういったことによって、実際に使えるかどうかは変わると思います。
実際、私は学校生活を送る上で、これが次女にとってどれだけ難しいかを感じています。だから、言語化を考えるときには、技術だけでなくその技術を使える関係や環境、自分自身の状態も大切なのではないかと思うのです。

「伝え方を知っている」ことと、「この人になら、伝えても大丈夫」と思えることはやっぱり違う。
そして、「この人になら」が、子どもの安心につながるのだと思います
だからこそ、子どもがそういう関係性を築ける人との会話を、少しずつつみ重ねていける機会があったらいいなと思うのです。

厚生労働省の児童発達支援ガイドラインでは、言語、コミュニケーションの支援として、コミュニケーションの基礎的能力の向上や手段の選択、活用なども挙げられています。

ここからも、私は改めて、言語化は本人の中だけで完結するものではないのだなと思います。

伝える人がいて、受け取る人がいることはもちろん、それができると思える安心の土台となる関係や環境があって初めて、自らそれをしようと思える。ひとつひとつ、具体的に学ぶことが支えになる子どもたちだからこそ、積極的にそういう場があるといいな。そう思います。

だから、次女が今、特別支援学級の連絡帳に自分のことを書いていることは、「自分の想いを言語化する練習」だけではなく、「先生に自分のことを伝えても大丈夫」と思える土台を作りながら、言語化を経験していることでもあるのかもしれないと思います。

参考記事:厚生労働省
参考記事:厚生労働省 児童発達支援ガイドライン

親以外の信頼できる人がいること

次女の放課後デイサービスの利用を決めた理由の一つに、親以外の信頼できる大人がいることの大切さを感じたことがありました。

これは、以前、療育(放課後デイサービス)の利用を決めた時の記事にも書いたのですが、放デイへ見学へ行った際に思った事です。これからの子どもたちの健全な成長を考えると、意外と大切なことのように感じています。

親は信頼はしてくれていても、親です。
親だからこそ、話せないこともあると私は思います。

だからこそ、親のいないところで、子どもが親以外の信頼できる大人と出会い、自分のことを話せる経験はとても大切だなと思います。実際、放デイを利用している今の子どもと先生の関係を見ていても、それを実感しているところです。

「それが学校という場所でも出来たらいいな。」そう思います。

我が家の次女を見ていると、その意味をますます実感するのです。
次女は放デイに行き始めてから、少しずつ自分の気持ちを言葉にすることができるようになってきました。

今こうして連絡帳で先生とやり取りできていることは、次女の中で、「特別支援学級の先生には、頼っていいんだ」という安心の表れでもあるのだと思うのです。

自分の気持ちや出来事を、誰かに伝えてみる。
伝えても大丈夫だと知る。
受け止めてもらえる経験を重ねる。
それが、親以外の大人との間で成立する。

これは支援が必要な子どもでなくても、意外と大切な経験なのではないでしょうか?
そして、そういう環境が、支援を受けられるからこそ一層望めるのかもしれない。そんなふうに前向きに考えることだってできると思います。

今まさに、そういうことが少しずつ積み重なっているのかもしれません。

こうやって、信頼できる人を見つけること。
自分のことを言葉にして伝えること。
そして、言葉にすることで誰かとつながれること。

これ、本来の「学習支援」の一つじゃない?学習プログラムに組み込めばいいのに。
…なんて無責任に思ったりもします。

交換日記の想像

そんなことを考えていたら、
「特別支援学級の先生は、いっそ子どもたちと交換日記をしてくれたらいいのにな。」
なんて思いました。

子どもと先生が、一行ずつでも言葉を交わす。
今日あった事。
今日感じたこと。
先生からの一言。
子どもからの一言。

そんなやり取りが、いつか子どもたちにとって、
「あの頃、先生とこんなことを書いていたな」
と、安心感として思い出せるものになったら。

もちろん、実際には先生方への負担も大きいことなので、難しいと思います。

でも、「ママ、絶対見ないでね!!」と、一生懸命、連絡帳に文字を書く次女の姿を見ていると、きっと、こういうことが大切な何かに育ってくれるんだろうな。と思ってしまう。

次女がそんな経験を重ねていけたら、これほど私にとって安心できることは無いかもしれません。そして、いつか大人になった次女が、ふと昔の連絡帳を思い出して、

「あの頃、先生にこんなこと書いてたな」と笑ってくれたらいい。

そして今度は、自分のために一行日記を書いていたりしたら。そんな未来があるかもしれないなんて、私はちょっと楽しみになります。

「ママ、絶対読まないでね!!」

うん。読まないよ。
母は、あなたの世界のつながりを信じているから。

そんなふうに思った夜でした。

はは
はは

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