ASD親子は難しい 絵本の読み聞かせ編

親子の後ろ姿の写真 日常 ー 学び
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発達障害の子を持つ親は、子どもの複雑な難しさにとても苦労されている方が多いのではないかなと思います。

けれど、ここでもう一つ、問題を抱える人がいるのではないかと感じます。

それは、発達障害の子どもの親親のその親など、子育てにかかわる周囲に、同じく発達の特性を持っている人がいる場合です。

発達障害自体は遺伝しないと聞きます。

けれど、その近しい親族もまた発達障害を特性として持っているということは割合あるように感じます。

今回なぜそういった内容を取り上げようかと思ったかと言うと、発達障害の特性を持つ親と、同じくその特性を持つ子の間での子育ては、相乗効果でさらに難しくなることがあるのではないかと思ったからです。

このことを意識せずに、それぞれが自分のルールの中で奮闘していると、ただわが子を大切に思って、愛情を伝えようととった親ごごろからの行動が、逆効果になることがあるのでは?と、私の個人的な体感としてはそう感じることがあります。

誰にでも、特性として出やすいものはあると思います。
ですが、発達障害の特性を持ち合わせていると、それが特性のために気づきにくかったり、融通が利きにくいことが事態の複雑さにつながりやすいのではないか?と感じるのです。

だからと言って、自分は発達障害ではないから関係ないのかと言うとそうは思いません。
個々人の考え方の癖のようなものは誰にでもあると思うので、子育てする立場として考えてみて損はしないことなのかなと個人的には思います。

と言うことで、今回は発達障害の子の子育てを通して、親自身の特性を見つめ、子育てに生かせるように考えよう!と思い、私なりの解釈にはなりますが、一つの意見として、我が家の例からの向き合い方を考えていこうと思います。

絵本のイラスト

前回、絵本の読み聞かせが逆効果になっていた長女の話を書きました。

まだ読んでいない方はコチラの記事に飛んでみてね♪↓

この記事のちちと子どもたちの”おやすみ前の絵本の読み聞かせ”の話を例に、どんな性質がどのように作用して事態の難しさにつながる可能性があるのか、そして改善するために必要だと思う対策とはなにかを一緒に考えていきたいと思います。

パートナやご自身、周囲の大人たちの子育てを難しくさせてしまう言動に対して、受け止め方や、少しでも改善していく方法は無いかと日々困っっている方へ、お互いの理解を深め、一緒に考え、自分を見つめる時間になれば幸いです。

※あくまで我が家の場合を例にした私の意見です。発達障害でも様々なタイプ、特性を抱えた方がいます。ちなみに我が家のちちはASD受動型が一番特性として出やすいものかと思っています。一つの例としてお読みいただけると幸いです。


子育てを難しくさせている”親自身の発達特性”について考える(絵本の読み聞かせ編)

虫眼鏡をもったウサギ

ASDの特性視点から(親視点)

我が家のちち は周囲の方からよく「優しい」と言われます。

これは私も、ちち のいい面としてとらえていますし、私自身とても助けられているところです。

しかし、この優しさの出し方がASD特有の性質によって過剰になることがあると感じることがあります。

子育てを振り返ると、これが寝かしつけの場面でも出ていると感じました。

どう影響していると思うのかを次の3つの側面から考えます。

1.コミュニケーションが苦手(相手の気持ちを察し辛かった経験が多い)

→ 人生経験の中で、相手の気持ちを察することが苦手というコミュニケーションの苦手さに懸命に対応しようとした結果、相手の望んでいることをかなえてあげれば怒られなかった。かなえることが自分が相手を大切にできているということ。という形の成功体験が生まれやすい。

→ これはあくまでも当事者が苦労の中で苦手を克服したいと精一杯努力した結果だと思っています。

ただ、この結果、相互の関係ではなく、相手の反応のみに注目しやすくなることで、時には選択の結果が相手優先が過ぎる(自分は後回し)ということが起こるように感じます。

2.白黒思考(物事を正解か不正解で考えやすく、中間的な意見は受け取りにくい)

→ 上記(1)のことから”大切にする”の基準がその場その場の条件をのむこと、相手が望んでいる返答をすることが正解だと学習しやすい。

→ 判断が必要な時には自分が”正解”と決めたものを選ぶことで安心しやすい。

3.状況に合わせたとっさの判断が苦手(ASD特性と「切り替えの苦手さ」)

→ ASDの特性としてよく見られるのが、「状況の切り替えが苦手」「今の流れを変えることに抵抗を感じる」というもの。これは当然、感情の問題ではなく、脳の情報処理の仕組みによるもので、今やっていることを終わらせて次に移るための認知的なスイッチの切り替えがうまくいかないことが背景にあると考えられます。

→ 寝かしつけ中、子どもが「もう一冊読んで!」と言ったとき、ASD傾向の強い人は「断る」という選択を取るために頭の中で多くの情報を処理する必要があります。
「ここで断ると悲しむかも」「でももう寝る時間」「自分は優しくありたい」「明日は学校だし…」と、複数の要素を一度に整理しようとするため、結果として判断が遅れたり、場当たり的に子どもの要望を受け入れてしまうことがあるのかもしれません。


3つのASD特性から陥りがちな日常

上記の3つに共通してあらわれる行動は「要望に応える」と言うこと。

我が家ではそうやって受け入れた結果、親としてはなかなか寝ない子どもたちが心配になってしまい、最終的には、自分が疲弊してしまったり、イライラしてしまったりということになっていました。

これらの状況は発達特性の強い人でなくても「もういい加減にして!」となる状況にしてしまうことがあるち」思いますが、私の印象としては、発達特性を持つ方はこのような状況に対して、自分の選択肢の影響を現状の結果につなげて考える(自分が要望に応えてしまったから遅くなってしまった!)よりも、今の状況にスポットライトをあてて、なぜ、この状況が良くないと思うかと言うところを考えてしまう(遅くなるのはわかっているだろうに、子どもが際限なく「読んで」と言うから遅くなった!)となりがちな為、次に生かすことも難しくなるのではないかと考えます。

こうした時、脳構造の違いによって考えのアプローチの仕方が違う大人の間では意見の対立につながってしまうこともあるかなと思います。


ASD・ADHDの発達特性から(子ども視点)

我が家の長女は私たち夫婦視点から見ると多くのADHD特徴と共通する部分があります。(診断はASDのみ)

少しでも刺激が無いと落ち着きを欠いて明らかなストレス傾向を示すことがその主な点ですが、逆に刺激が入ると無限にその刺激を求めてしまうという傾向もみられるように思います。

子どもだから、おやすみ前でも楽しいお話の時間、眠気が来ないならばいつまでも続いてほしいに決まっています。

そこへきて、長女の特性が際限なく刺激を求めてしまう。

また、ASD傾向の強い次女で言うと、やはり読み聞かせの声やテンションに敏感に反応して、覚醒するというよりも眠ることができなくなっているのではないかなと思いました。


それぞれの特性から日常に現れる言動を考える

ASD傾向をもつ親の場合の自分を振り返るヒントを考える

「優しさ」と「白黒思考」のかけ算

コミュニケーションが少し苦手で、人の気持ちを汲むことに不安がある。これはASDグレーゾーンの人に多く見られる傾向でもあります。

そのため、優しさを優先すると先述のように「相手を大切にする=相手の希望を叶える」という形で優しさを表現することになりがちだとします。

これはいいことなのですが、問題は時と場合によってはそれが向いていない場合が出てきてしまうということです。ここを時と場合に合わせて選択することが必要になってくるのですが、

その判断の中でさらに、ASDの特性として「とっさの判断の苦手さ」を埋めるために「白黒思考(正解・不正解で物事を判断する傾向)」を前提に、いつも安定した選択肢を設定することで”正解”を選べるようにしようという状態が生まれるやすいという状態があると、今回の話の場合「子どもを大切にしたい → 子どもの希望を叶えることが正解」となりやすい。

その結果、「今は寝る時間だから絵本はここまで」という“グレーな線引き”が難しく、子どもの要望を聞き続けてしまい、切り替えを子どもに教えるタイミングを逃してしまうことになるのではないでしょうか。

断れない→イライラ→自己嫌悪のループ

難しいのは、本人もこの流れが「よくない」と頭では分かっていることです。

それでも、子どもの要望に応える→寝ない→自分がイライラする→「なんで怒ってしまったんだろう」と自己嫌悪、というループに陥ってしまう。

ASD傾向の人にとって、この“感情の後追い処理”も非常にエネルギーを使う作業ではないかなと思います。

私(はは)から見ると、「なぜ分かっているのに繰り返すの?」と思ってしまうこともありますが、実際は「分かっているけど、脳がその場の切り替えをサポートしてくれない」ことが要因です。
そして、その背景には「家族を大切にしたい」「愛情を伝えたい」というまっすぐな気持ちがある。そう考えると、私はちちの行動もまた“彼なりの精一杯のやさしさ”なのだと今では思えます。


対策・ヒント

切り替えを“教える”という視点

ASDの子どもを育てるうえで、親自身もASD傾向がある場合、親子で「切り替えが苦手」という共通点を持っていることが少なからずあるのかもしれません。

この場合、親がまず「切り替えの練習」を自分の中で意識していくことが、子どもへの支援にもつながると思います。

たとえば、

  • 「今日は2冊までだよ」と先にルールを明確に伝える
  • タイマーを使って“視覚的に”区切りを示す
  • 絵本が終わったら小さな「おやすみの儀式」(電気を消す・ハグするなど)を設ける など

こうした具体的な切り替えの“型”があると、ASDの子どもも安心して「次の行動」に移ることができるようになってくるかもしれませんし、何より、親がそれを守ることで、同じ特性を持つ親もそれを“共に練習していく”ような感覚で関われるのではないかと思います。

「優しさ」も形を変えていける

親として「子どもを大切にしたい」という気持ちは何も間違っていません。
ただ、ASDの特性によって“今その気持ちをどう表現するか”の部分が少しズレてしまうだけだと思います。

「優しさ=相手の要望を全部受け入れる」ではなく、
「優しさ=相手の健康や安心を守るために必要な制限をかける」という形もある。

そうやって、優しさの形を複数にアップデートしていくことこそ、ASD特性のある家族にとって本当の意味での“切り替え”なのかもしれません。


まとめ

まとめ

ASDやASDグレーゾーンでは、

  • 相手の感情理解の難しさ
  • 白黒思考
  • 状況の切り替えの難しさ
    が、親子関係の中でも日常的に影響を与えあっているように思います。

でも、その根底にあるのは「相手を思う気持ち」。
そこに発達特性が加わることで、少しだけ“やり方”がすれ違うだけなのだと思います。

だからこそ、まずは親が「切り替え方を学び、見せる」ことが、ASDの子どもにとって何よりのサポートになりるのではないでしょうか。

おやすみ前の絵本の時間も、そんな“切り替えを練習する場”になれば、例え毎回成功しなくても、それはもう十分に意味のある時間だと、今になって思います。

また、その為に周囲の人、パートナーなどとのお互いへの理解を深めようとする意識、そして気づいたことや思うことを伝えあえる状態を築こうとする意識が何より大切な子育てへの道なのかもしれません。

はは
はは

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。よかったら、ほかのエピソードにも寄り道していっていただけると嬉しいです。↓

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