脳内ヒントでは、ASD傾向のある我が家の ちち(※診断は受けていません。) の話を通して発達障害の見ている世界のヒントになるかもしれないと思うことを書いていきます。
※あくまで私(はは/はゆまーま)とちち(夫)のとらえ方の話です。
我が家のちちは自他共に認めるASDグレーゾーン。ASDの特徴が多くみられるちちに
かねてからははが疑問に思っていた「ごみが放置されている問題」について、今回は夫婦で話してみました。
発達障害の特性 × ごみを捨てること
ちち の場合
我が家のちちは一見きちんとしている印象です。
それは、動作やテンポがゆっくりなこと、物の扱いも丁寧なことなど普段の所作からきているイメージだと思っています。
そして何より、ちち自身は衛生観念にはとても気を遣っているという自覚があるようだからとても不思議だったごみ放置問題。
なんか、一度置いておく。
ペットボトルは一番厄介で、玄関から2階の範囲でどこかに置かれていることがあり、資源ごみの回収日に出した後に「こんなところに!!?」ってなることも度々あります。
たぶん「めんどうくさい」のだろう。
ずっとそう思ってきました。
そしてもう一つベタな問題、ちちがごみを捨てないことの結果論。
捨てるのは私(はは)という問題。
これは地味に夫婦間でよく問題になるあるある事例だと思います。
必然的にそうなってしまう。だからそれぞれがその生活ペースを前提にごみを自分で責任を持ってゴミ箱に捨てるところまではしてほしいところです。
この状況をもいつまでも放置していられるほど自分が心が広くないことも自覚しています。なので、この先を見据えて解決の方法を探っておきたい。
ひとまずここに何が隠れているのか知りたいと思いました。

この間カウンターを片づけていたら、物の影に隠れて隅から飴の包み紙が5,6個分くらい出てきたのよ。あまりにきれいにたたんであったから一瞬、これ、置いてるの?と思ったんだけれど、まぁどう見てもゴミだから捨てていいんだろうけど…。と思い直したんだけどね。(とりあえず置いていた現状を見せる私)
そこで、思い切って日ごろの疑問を聞くけど、なぜ何かを食べたり飲んだりした後にごみを置きっぱなしにするの?

捨てないわけではないけどね…。

ごみを捨てる時にすぐ横にゴミ箱が無かったら捨てるのあきらめるよね?
面倒くさいのかなとは思ってるんだけど、結果そのまま私が捨てなければずっとそこにあることになるんだよね?あれ、なんで?

いや、別に面倒くさいとかは無いよ。捨てようと思ってるよ

でも、結果忘れてるんだよ…。
もう目的の物じゃないから視界に入ってこないとか?

それはあるのかもしれないけど、捨てようとは思ってるんだよ。

うーん。それは思っていると思うよ。きちんとしたいのわかってるし。
でも結果、実際どうかってことで…事実、今ここに飴の包み紙が大量にあるという事実。

それは、誰だってごみを出した瞬間は捨てようと思ってると思うよ。
私もそうだし。
で、ごみ箱が遠いとちょっと面倒だと思う気持ちもあるよ?だからそれは別に否定してないんだよね。ただ、最終的に忘れてしまう原因があるなら何か対策をとってみたりは試せるんじゃないかと思って。

うーん。なんでだろうね?捨てようと思ってるし、面倒くさいこともないんだけどね。
子どもたちの角度から考えてみる
このごみ問題、子どもたちにもとても共通していることです。
捨てられない問題の理由として私が子どもたちに受ける印象は3つ。
・おやつを食べるという目的を果たしたことでそのゴミや食べかす、手や口を拭いたティッシュにはもや興味がないので認識しなくなっている=存在しないもの → もはや存在を把握していないので当然捨てるという思考が出てこない。
・次の物に興味が移ってごみのことを忘れる。
・後で捨てよう!今は面倒だからいったん置いておこう!→ そして気が向くことは無い。結局存在を忘れている。
この3つです。
~ 子どもたち、おやつ終了後 ~

ごみ捨ててね~

はーい!

はーい!
~ 十数分後 ~

ごみ捨てるよ?

うん!

うん!
~ 十数分後 ~
この流れを何度も繰り返して結局そのまま遊びに席を立つ姉妹。
我が家は毎日こんな感じ。

子どもたちもこうしていつまでもゴミが捨てられないじゃん?
これ、食事の後の食器を片づけないとも通ずるものを私は感じてるのよねー。
なんかね、子どもたち見てて思ったんだけど、できるとイメージしている簡単なことって、まるでもうできていると錯覚しているようにやらない気がするんだよ?
当たり前にそれはするでしょう!ってことには安心して、「今面倒だからもう少し後」とか思っていることも自覚していない。で、簡単なことだから意識していなくて結局できない…みたいな?
これに対して、ちちはどう考える?

うーん…。なんだろうね?
結局子どもを通して現象を説明しよとしてみてもこのときは腑には落ちなかったちち。
ずっと「捨てる意思はあること → でもなぜか捨てていない事実があること」のはざまで『?』を抱えていました。
チャットGPTに聞いてみた
なかなか対策が考えられるようなヒントが出てこなかったので、チャットGPTに聞いてみました。
Q. 発達障害の人がごみをすぐに捨てられない原因には何があると思いますか?
以下、その返答内容です↓
A. いくつかの要因が重なっていることが多く、「性格の問題」というよりは特性によるものと考えた方が理解しやすいです。主に考えられるのは次のような点です。
① 実行機能(段取り力)の難しさ
注意欠如・多動症や自閉スペクトラム症では、「思いついたことをすぐ行動に移す」「タスクを最後までやり切る」ことが苦手な場合があります。
ゴミを捨てるのは一見シンプルですが、実際には
- 立つ
- ゴミ箱まで行く
- 分別する
- 捨てる
という小さなステップの連続なので、途中で止まりやすいです。

これは私も家族を見ていて思います。特に、座っている場合、立つという動作のハードルの高さを感じます。
② 注意の切り替えが難しい
今やっていることに集中していると、「ゴミを捨てる」という行動に意識を切り替えにくいことがあります。
結果として「あとでやろう」と思ったまま忘れてしまうことも多いです。

後回しにすることは誰にでもよく起こることではないかと私は思うのですがいかがでしょうか?ただ、ここにあるように、「あとでやろう」もきれいさっぱり忘れ去られることが多いように感じていることはあります。
③ 優先順位づけの苦手さ
「今すぐやるべきこと」と「後でいいこと」の判断が曖昧になりやすく、ゴミ捨てが後回しになりがちです。

これに関しては、ごみ捨ては席を立つタイミングでいい場合もあると思います。なので後回し事態は問題が無いかと思いますが、②にもあるように忘れてしまうので、工夫できるとしたら、自身の特性を知って、できれば思った時に動くを心がけるということをしてみるか、常にごみ箱を近くに置く工夫をするかのどちらかかなと思いました。
④ 感覚過敏・こだわり
自閉スペクトラム症の特性として
- ゴミのにおいや触感が苦手
- 分別ルールへの強いこだわり(正しくできないと嫌)
などがあると、行動のハードルが上がります。

ごみのにおいや感触が苦手に関しては今回のお話に該当しないので飛ばします。
分別ルールへの強いこだわりに関しては、「正しくできないと嫌」は捨てるとなると必ず分別をしないといけないから余計に面倒になり、ハードルが上がるという傾向は確実に見られると思いました。ペットボトルは必ずと言っていいほど置きっぱなしにされていることがこれをとても物語っていると思いました。
⑤ 「始めるハードル」が高い
「あとでまとめてやろう」と思う一方で、いざやろうとすると面倒に感じてさらに先延ばしになる、という悪循環もよくあります。

これは我が家のちちに一番感じることでした。だから私も「結局面倒なんだろうな?」と思っていました。
⑥ ワーキングメモリの弱さ
「ゴミを捨てよう」と思ったこと自体を短時間で忘れてしまうことがあります。

これもとてもそう思います。
子どもたちも夫も次の集中することに気が向いて、ごみをそのままにしがちです。気づいたとしても、その時もゴミを捨てる優先順位は常に低いので「面倒」になる。ほぼ自動的に無意識で面倒で避けるという性質が働いて放っておくとずっとそのままという悪循環が起こっているように思います。
さらにチャットGPTは対策も提案してくれていました。↓※子供向けの回答要素がありますが、子どもから大人まで網羅しての返答という認識をしていただければと思います。
大事なポイント
これは「だらしなさ」ではなく、脳の特性による“やりにくさ”です。
対策としては例えば:
「使ったら即捨てる」ではなく「決まったタイミングで捨てる」「ゴミ箱をすぐ手の届く位置に置く」「分別を極力シンプルにする」
など、環境側を調整することが効果的です。
具体的な対策アイデア
ゴミ箱の配置を工夫する(定位置化)
座って食べる場所のすぐ横に、小さなゴミ箱を置く。「ここがゴミ箱」と一目でわかるように、蓋がないものや、キャラクター付きのゴミ箱にする。
ルールを極限までシンプルにする
「食べ終わったらすぐ」ではなく、「次の場所に行く前に1つだけ捨てる」など、負担にならないルールにする。「お菓子を食べる前にゴミ箱を用意する」という手順をルーティン化する。
視覚的に分かりやすくする(見える化)
ゴミ捨て場にイラストや写真で「ゴミを入れる場所」と掲示する。ゴミ箱を分かりやすい色や場所にする。
ゲーム感覚で片付ける
「ゴミ箱ダンク!」と称して、ゴミを投げて入れる遊びにする。どちらが早く片付けられるか」と競争する。
物の量を減らす
お菓子を小分けにせず、大きな袋のまま置いておくとゴミが増えるため、食べる分だけ出す。
これを踏まえて我が家の場合の対策は?
さて、提案してもらった対策を踏まえて我が家の状態を考えてみます。
ちちがごみを捨てるハードル
我が家はちちが座るカウンターの反対側の端にゴミ箱が置いてあります。狭いので距離は無いですが、座ったままでは捨てられません。
さらに、よく放置をしているプラスチックごみを捨てる場所に関しては、カウンターを回りキッチンのゴミ箱へ捨てに行かなければなりません。
これに関しては私も同じくの状況ですが、ちちの方が一歩二歩距離は遠のきます。
そしてはは はここで考えてみます。私とちちの行動から逆に考えるとここで二つに分かれる選択肢があると。
おやつに個包装のお菓子を食べるとします。食べ終わったお菓子のパッケージをそのまま放置しておくと、中のお菓子くずがこぼれてくるかもしれません。
この状況に対して、私は→ だから捨てる
になるのですが、ちち の場合は、→パッケージをきれいにたたむことで屑が出てくることを回避する となります。
これで放置しても屑が出てこない安心仕様のきれいに折りたたまれたゴミの完成です。(なにそれ 笑)
なるほど、これですぐ捨てなくても安心においておける形にはなりました。(「いや、ごみを置いとくなよ」という声が聞こえてきそうですが 笑)
つまり、私は畳む方が面倒なのですぐにゴミ箱に持って行くわけですが、ちち の場合は立ち上がる方が面倒なのでゴミをいったん畳む。
こうなるのではないか?と考えました。
ちちはお菓子の包み紙をきれいにたたむ癖がありますが、卵が先か鶏が先か、そもそもそれ自体がごみをそこにいったん置いておくためにルティーン化したのかもしれないと思いました。
我が家に合いそうな対策アイデア
結論、座って食べる可能性のある場所には、すぐ横に小さなゴミ箱を置く
これ一択かな?
そう思いました。
食べたら捨てるのルーティーンはもう組み直すことが難しそうなので、ごみ箱を買いに行った方が早そうですし、ちち の負担も少なそうです。
事実と理想のギャップ 自己理解
私から見ると子どもたちと同じ原理に見えるちち のごみ捨てない問題。
今回、考える中で思った事があります。それが
『事実と理想のギャップ』についての『自己理解』
です。
一つは子どもたちの話で先述した
・できるとイメージしていることをできていると錯覚している
・当たり前にそれはするでしょう?ってことには簡単なことだから安心していて、意識していなくて結局できない…みたいな?
・「ごみを捨てること」があまりにも当たり前で簡単なことだと思っているから、実は内心「面倒」と思っていることは自覚できていない。
因みに私にはもう一つ気になる点があります。ちち が放置するごみは、何でもかんでもと言うわけではなく、例えば鼻をかんだティッシュや口を拭いたものなどはすぐにゴミ箱へ捨てることができます。
逆に言うとこれはとても意識しているんじゃないかなと言うことです。
例えば人生の中でそれらがテーブルに置きっぱなしになっていることに強く不快感を抱いた記憶があるんじゃないかな?と。
一方、お菓子の小分け包装や、昨日飲んでいたペットボトル、シップのはがした後の透明のシートなど、恐らく置いていてもすぐに問題にはならないと判断したものは意識下で「面倒くさい」が発令する。
ちち の中でこの自己認識がどうなっているか、事実と理想のギャップがどこにあるか、気づいたとき、ごみ問題だけでなく自己理解への扉が開かれるような期待をしてしまうはは ですが、それは自分で開いてもらわないといけないことも事実かなとひとまずゴミ箱を買いに行くことを決めたはは です。
まとめ 自分の理想と現実のギャップに注目する
いかがでしたでしょうか?
皆さんのパートナーはごみ放置問題はありますか?
今回のゴミ問題を考えていく中で私が思った事はちょっと意外な発見でした。
それは「自分の当たり前」が「理想」か「現実」か。それを見つめてみることが大切かもしれないということです。
自分の思っていることと起こっている事実、それを照らし合わせれば自己理解につながるヒントが見えてくるかも?
環境に合わせて特性の出方を加味して、お互いに負担が一番少ない状態が取れるようになればいいなと思います。
そして、その負担が取れた時に、もしかしたら次の気づきとよりよいステップが待っていればいいなと思いまっした。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。よかったら、ほかのエピソードにも寄り道していっていただけると嬉しいです。↓

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