(療育の影響)放課後デイサービスを利用して2年の変化
〜迷っている方へ、わが家のリアルな記録〜
「療育って、本当に意味があるのかな」
「今すぐ必要なのか、もう少し様子を見るべきか」
私自身、利用を決めるまでは療育へ行くことで、それほど明らかな効果があるのか半信半疑なところでした。私の場合、効果・改善を求めるというよりも、家庭内と学校だけでは補えない部分が確実にあることを感じて、少しずつ他者とかかわる中での体験を積んでいってもらえればと利用し始めたというところが正直大きかったように思います。
でも今、はっきり言えるのは、**“あのとき一歩踏み出してよかった”**ということです。
今日は、次女が療育を利用して2年経過した今、目に見えて感じている変化と、はっきりと見えてきた課題。そして今療育に期待していることを正直に書いてみます。
同じように悩んでいる方の、何かのきっかけになれば嬉しいです。
目立って感じた変化
会話と気持ちのやりとりが、驚くほどスムーズに
私が最近一番驚いていることが、会話のレスポンスの早さです。
話しかけると、ちゃんと返事が返ってくる。
それも「とりあえず反応する」ではなく、こちらに意識を向けた上での返答。
以前は、
「聞こえていないのか…?」
「返事は必要ないと思っているのか…?」
「どう返したらいいかわからないのか…?」
と、話しかけるたびに思っていました。
けれど、今はほとんどの場合はきちんと返答が返ってきます。
普通に会話を交わす親子を見ると、その流れるようなコミュニケーションに、もはや私自身麻痺して、少し混乱を覚えるくらいだった家庭内での会話。笑
こんなにも早くできるようになってくるとは!!?
3日に1回は感慨深い思いになったり、驚いたり。 笑
多くにとっては今更な、些細な成長なのかもしれませんが、我が家にはとても大きなに喜びになっています。
これも、放課後デイサービス(以下、放デイ)の利用でいろんな人とコミュニケーションをとる機会が増えたことがとても大きいと思っています。
わが子たちにとっては、通常の日常生活だけでは学びにくいコミュニケーション。
だから、安心して実践できる場を用意してあげる。
それがとても大切なことだと感じています。
自分が理解をしたならそれでOK!と、あいづち一つ返さなかったあの頃の次女の姿が嘘のよう!
怒りとの付き合い方が変わってきた
放デイへ通い始めて2年。ははも心穏やかな日が増えたと実感する日々、その明らかな要因の一つには、日常生活で、次女が明らかに怒りにくくなったことがあります。
次女は産まれた時からずっと怒っているのではないか?とははから見ても思ってしまうほど、何に関してもすぐに怒りを振りまいていました。と言いますか、感覚過敏など、不快や不安、驚きなどが多く、そういった反応しかできなかったのでしょう。
それが、今では一日の間で怒っている姿を見ることが無い日も増えてきました。
そしてさらに大きいのは、次女自身が怒りを“爆発させない工夫”ができるようになってきたこと。
- 気が乗らないこと(宿題など)を勧められて拗ねたとしても、次の行動に移るまでの時間が早くなった。
- どうしてもいやなことがある時は、大人に話して何とかしようとすることが出てきた。
- 家では、モヤモヤを抱えた時には、はは(私)に「ぎゅーする」と自分から切り替えをしようと求めるようになった。
など、感情に振り回されるのではなく、感情を扱おうとしている姿が見えるようになりました。
気持ちを言葉にしようとする姿勢
まだ上手とは言えませんが、
「嫌だったこと」「解決したいこと」を話してくれるようになったのはとてもとても大きな一歩です。
あるときは、学校や放デイでの不満な出来事の話をした際に、はは(私自身)への不満を直接伝えてくれたこともありました。
その内容とは?

いつも私が悪いって決めつけられるから嫌だ…。
このことで、はは自身は「ああ、同意を最初にしっかりしてあげることが十分にできていなかったんだな」と理解しました。
次女の性質上、私としては状況把握から入り、いろんな考えの可能性を提示することを心がけて接していますが、いろんな可能性の方を先に考えてしまう私自身の性格もあり、十分に次女の気持ちを肯定してから話すということが欠けがちだと自分自身でも悩んでいるところです。
こういったははの至らなさを、次女は”いつも自分が悪いことにされている”と捉えているということが明確に分かった瞬間でした。

なかなか難しいけど、頑張ります!
こんな風に、日ごろの気持ちを自分でも認識して、言葉にしようとする力が育ってきているのをとても感じます。
人・活動への興味が広がっている
- 仲良くしたいと思うお友達が増えている
- 体を動かすことを楽しめるようになってきた
- イベントを楽しむことができるようになってきた
この3つもとても次女に良い変化があったことです。
クラスメイトに興味がなく、名前や顔を覚えなかった次女。今は特定の子たちの名前を覚え、放デイでは仲良く遊べる子も出てきたようです。
また、次女の通っている放デイにはスポーツをする曜日があるのですが、これがとてもいい影響を与えてくれていると思います。
具体的にはサッカーの時間があるのですが、あまり体を動かすことが得意ではなく、好きでもないと思っている次女が、放デイでのサッカー経験は楽しく取り組めているようで、次女自身も「できた」「やりきった」という達成感を少しずつ積み重ねているようです。
その中で放デイからの話を聞いていると、始めはボールやほかの子の体が当たってしまうことにとてもうちひしがれていた次女ですが、できるようになってきてサッカーが好きになってきた次女は、思い通りにいかず怒ってしまっても積極的に気持ちを切り替えて次のプレーに向かう姿も見られるようになってきたでそうです。
こういった、自分で切り替えようとすることは家庭内でも見られて、一段と成長を感じられます。
課題
放デイへいく事で、ますますこれからの課題がはっきりしてきたこともあります。
特に
「認知の仕方による問題」
についてです。
親としても何となくこういう性質が強いなと思っていることを、放デイへいくことで聞ける次女の話、施設の方とのお話等で、アプローチが必要なことがはっきりしてきました。
「認知の仕方によって次女自身が強く「これで間違いない」思うことで、家庭内で、学校で、放デイで、場所は違えど次女が抱える不満や問題が同じだったりします。
つまり、これは社会に出た時に次女自身が抱えやすい問題でもあるのではないかと思います。
おかげで、アプローチの優先順位がはっきりしてきています。
子どものうちに体験してほしいこと
療育を通して、発達障害をもつからこそ、子どものうちに具体的な体験しておいた方がいいなと思うことがたくさんあることを体感しました。
- 自己肯定感が育つ体験
- 安心できる場所の体験
- 時間の感覚を身につけること
- コミュニケーション「伝えること、聞くこと、伝えたつもりでも伝わらないことがあると知ること」など
- 不安や否定的になって苦しくなった時に、別の考え方や捉え方を試す経験
- 人を頼る体験
同時にこれは工夫次第でどうにかなるものでもないのかもしれないと思うこともたくさんあります。
けれど、子どもたちはゆっくりでも着実に、いろいろなことを学んで、成長していっています。
療育には、多くではゆっくり体験させてもらえない社会の基本をゆっくり学べるという利点があると思います。
学校で過ごす子どもたちと、放デイで過ごす子どもたち。それらを比べると、わが子たちはきっちりと見ていてくれる大人がいなければ、それが必要なことだと気づかないということがあるのだなと感じさせられます。
学校では特別に大人の手が必要な子や学習面でサポートのいる子には専門の方がついてくださりますが、発達障害を持つ子の中にはそこまでだと判断されない子どもは沢山いるのではないかなと思います。
けれど、わかりにくいからこそ、わかりにくい悩みをずっと一人で抱えることの難しさは、状態が違えど、持病を持つ私自身が経験していることでもあり、そこへの寄り添いがいかに大切かと考えさせられる日々です。
療育を迷っている方へ
私はこのブログを書き始めた頃、必ず療育のいい影響を多少実感するも、特に勧める意識はありませんでした。
けれど、利用しないでどうすべきだったかと思うよりも、一度利用してみる方が、子どもにも親にもメリットは大きいと今は思っています。
もちろん、療育は魔法のようにすべてを解決してくれる場所ではありません。
でも、子どもがその子のペースで自分を知り、人を知り、自身の感情と付き合い、人と関わる練習ができる場所であり、子どもの未来の不満、不安、など、ネガティブな思考に前向きな可能性を持たせてくれるものではないかと今は思っています。
「ちょっと気になる」
「今のままでいいのかな」
そう感じているなら、
話を聞いてみる、見学してみる、それだけでも十分な一歩だと思います。
何より、誰かを頼ることを知らなかったあのときの自分に、
「大丈夫、行ってみて。他を頼ることは最低限に必要なことなんだよ。」と伝えてあげたい。
そんな気持ちで、この記事を書きました。
同じ立場の誰かの背中を、そっと押せたら嬉しいです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。よかったら、ほかのエピソードにも寄り道していっていただけると嬉しいです。↓

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